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明日は12月14日。
ああ、忘れもしない7年前の12月14日。 未だにこうして緊張感を持ちながらその日を思い出す。 7年前の明日は、大学の卒業演奏試験の日だった。 大学に隣接している、大きなオペラハウスで、お偉い先生方と一般の聴衆者の前で演奏をする。これが文字通り、大学時代最後の舞台。 もう、怖くて怖くてたまらなかった。 その半年ほど前、ある演奏会でパニック症候群を起こし、楽譜を2ページまるまるすっぽかして演奏してしまった。 目の前が突然真っ白になり、自分が今何をしているのか、ピアノを弾いているという行為さえわからなくなった。そんなこと初めての経験だった。 あの時の恐怖をずっと引きずっていて、その後、人前で楽譜を見ずに弾くことが出来なくなってしまった。 そんなトラウマを抱えていても、卒業試験だけは避けては通れない。これをパスしなければ卒業ができないのだ。 ここはこんな風に演奏しよう、こういう解釈で弾こう。 そんなこと、もうどうでもよかった。 師事した先生に1年近く教えてもらった曲なのに、レッスンを積み重ねた成果を見せるどころか、先生が仰っていた注意点など、何もかもどうでもよかった。 ただ、パニックが起こらずに、止まらずに、大きく間違えずに、最後まで辿り着ければそれでよかった。 私は10分間、目を瞑ったまま弾いた。 せめて聴衆を感じたくなかったのだ。 がむしゃらに前へ前へ。たったそれだけの面白みも何も無い演奏だった。 卒業してからも、人前で弾く機会は何度もあり、そのたびに冷や汗をかいた。 何度か友人の結婚式で弾いたときもパニックになり、まあ、普通の人には悟られずに済んだ程度の間違いで済んだが、私はもうピアノから離れた方がいいのかもしれない。 ものすごく深刻に悩んでいた。 それが、自分の結婚式に、父の歌に合わせて伴奏をした時のこと。 本当に楽しかったのだ! 自分の過去、トラウマ、聴衆、何も気にならず、初めて自分が弾いている曲と一体になれた気がした。 25年近くピアノと付き合ってきて、本当に初めての経験だった。 何がそうさせたのかは分からないが、少なくともあの時は、父のためにピアノを弾いていた。 ずっと、私のピアノに合わせて歌ってみたいと言っていた父の願いを叶えるために。 父はちょっとした余興も兼ねて歌い、披露宴会場は大いに沸いた。 私は集まってくださった大切な方々、そしてその歌詞を捧げるべき、たった一人の愛する人のために弾いていた。自分のためではなかった。 ずっと私にとってピアノは、自己表現の手段でしかなかった。 口下手で、意思や感情を表現できない私の代弁者であった。 でも、年を重ねるにつれて、ピアノはそんなためにあるのではない、そう思えるようになった。 ずっと以前に、フジ子・ヘミングさんの伝記を、菅野美穂主演でドラマ化放映されていたことがある。 その中の1シーン、お金も仕事もない彼女は、砂糖をなめるだけの極貧の食生活をしていて、未来も夢もなく、ピアノを弾く意味を見出せなくなっていた。 そんな時に訪れた病院に、ピアノが置いてあるのを見つけ、やはり無意識のうちに、吸い込まれるように鍵盤に手を置いてしまう。誰もいない薄暗い部屋で、ショパンのノクターンを弾き始める。 扉の影には、一人の老女が立っている。 涙を流して彼女のピアノを聴いている。 彼女のピアノの音色は、老女の寂しい人生を確実に癒したのだった。 その時、彼女もようやく悟るのだ。誰かのために弾きたいと。 ピアノは自分のためではなく、誰かを癒すためにあるのだと。 今は到底無理だけど、私ももう一度ピアノに向き合いたい。 ピアノの先にいる誰かの顔を思い浮かべながら、誰かの心に届く演奏を、そう、そんな演奏ができることをいつの日か夢見ている。
by kanako0819
| 2007-12-13 22:22
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